
我が家の神棚としめ縄
神社巡りをされている方だから、ご自宅に神棚があると思う。神棚は、神社ネットワークにアクセスする端末PCであると捉えるとわかりやすい。例えば、私は様々な背景やスピリチュアルな経験から、出雲の家系と感じているため、出雲大社東京分祠(いずもたいしゃとうきょうぶんし)や大國魂神社は、そのネットワークに繋がるアクセスポイントの役目と捉え、出雲大社(いづもおおやしろ)とつながりやすいと感じている。
さて、我が家の神棚を掲載する。もちろん、お道具の置き方など地域によつて、信仰する神様によつて違うケースが多い。あえて言えば、神世界のことに、誰か人が介在して決めたルールによって「規範」とされていることには吟味が必要かと思う。神社本庁系の方からは、突っ込みどころ満載であろう。
太いほうが頭で上席
出雲系の祭祀の仕方である。
中央が龍神昇龍の神棚、左が家内摂社として出雲型神棚。

細い方が尾で末席で敬愛する崇高な神社として、神宮大麻を祭祀。家内摂社として明治神宮・乃木神社のご縁を大切にしている。
ただ、明確なことがある。すなわち、しめ縄は、太いほうが綯いはじめの頭である。そして細いほうが、尾である。ということである。当然、頭の方が上位の席となる。神社本庁系では、向かって右、神様から見て左が上位の位置席順となる。これに対して、出雲大社は全く逆である。左が、太くて上席である。これに対して、歴史作家が「出雲大社はよろしくないものを封印しているので、外に出てこないように逆向きにしている」という仮説を取り上げたが、そうであるならば日本国中、大国主命を祀るお社は、同様に封印しているということになりとても奇妙である。出雲大社のケースは、西側を向いている神様の右手に創造神である天之御中主神を祭祀しているので、神様から見て右手、参拝者から見て左が太くなる。同様の神社が、松江八雲の熊野大社、八重垣神社ほか、そして諏訪大社が同様である。
また、龍神系自然神を信奉しているため、中央が龍神系で左に龍蛇族の出雲族とし出雲玉串、右に太陽自然神としての神宮大麻を祭祀している。その右の家内摂社は明治神宮・乃木神社、そして鎮守稲荷社としている。左側は出雲系の大國魂神社、大神神社での三輪明神の神札をいただいてきたときには、大物主神が大国主命の荒魂とされていることから並べてお祀りしていた。即ち、伊勢神宮・明治神宮・乃木神社の並びは、皇室安寧を祈願するものでもあり、後述の神社紀行の通りご縁をいただいている。
画像/フリー素材
太いほうが頭で上席

細い方が尾で末席
さて、ここでひとつ考察したい。
一般的にはしめ縄の太い部分は、雲であり、御弊は雨雷を示していると言われる。
その結果、豊作となれば穀物を運搬する船、宝船になる。また、その由来から、聖域と俗界を分ける結界である。
ただ、私は、出雲大社の神在月のお知らせとなる龍蛇信仰から考えて、縄は龍神のお姿であり、御幣は龍神の司る雨と嵐であると捉えたい。まさに、しめ縄の形そのものが龍神のお姿とお役目を表しているように捉えたい。



縄
雲 豊作後の船
御幣
雨 雷

龍蛇のお姿を象徴する縄
龍神のお役目としての雨雷
出雲大社

鹿島神宮
武甕槌大神
伊勢神宮
昼間 晴 太陽
農作物の豊作を祈念
(C)MDF宇宙館オリジナル模式図
上図のように、龍神のお姿とそのお役目を表しているとすれば、雷の担当は武甕槌大神。そして、風雨は晴れの反対概念である。まさに自然信仰太陽信仰の世界での、極性が反対なエネルギーのバランスを保っていることになる。
よって、我が家の神棚は、このバランスを重んじた神札の配置になっている。後に記載の通り、曽祖父が乃木将軍のもとでの下級指揮官であり、このような神札の配置も皇室安泰と安寧を祈願していることに全く変わりはない。
また、さらに言えば、明治期に神社を系列化したとき、記紀に記載のある神でないとご祭神にできないという経緯から、もともと龍神が祭祀されていた鹿島神宮も、現在のご祭神を中心として祭祀する形になっていることは記憶にとどめたい。